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マダム・バタフライ・フェスティバル2020 連載エッセー 長崎と蝶々さん⑩

 

長崎と蝶々さん⑩「ピンカートンの弁明」

 

  マダム・バタフライは、もちろん、蝶々さんの物語(蝶々さんを中心とした物語)です。嘗て長崎で開催された、「第3回マダム・バタフライ・国際コンクールin長崎」では、上位入賞者がすべてテノールでした。3人の、圧倒的な魅力を持つ日本、韓国、中国のテノール歌手が入賞。私たちは、新アジアの3大テノールが誕生した!と喜んでいました。その時、当時審査副委員長をされていた、ソプラノ歌手の伊藤京子先生が、「今回は、蝶々さんがいなかったわね。このお話は、蝶々さんの物語なのに、、、」と寂しそうにおっしゃっていたのが、印象的でした。

  オペラ全幕を通じて、ほとんど歌い続ける蝶々さんと比べ、ピンカートンの出番は限られています。結婚式を挙げる前の、領事シャープレスとの会話の部分、それと、いわゆる愛の二重唱といわれている、蝶々さんとのデュエット。アリアと呼べるものは、「さよなら、愛の巣よ」しかありません。しかも、物語の中では、蝶々さんの純粋な愛を裏切った、薄情な船乗り(海軍士官)として、いやなヤツとして描かれています。おそらく、ピンカートンが好き、という人は、まずいないと思われます。ラ・ボエームのロドルフォや、トスカのカヴァラドッシのように、好青年でも、聴衆が心を寄せる対象ではありません。

  今回、音楽を抜きにして、台本だけ丁寧に読んでみました。音楽が入ると、プッチーニの美しいメロディー、そして豊かなハーモニーに魅了され、どうしても物語が流れて行ってしまうので。結婚式を挙げる前からピンカートンは、結婚についてシャープレスに説明しています。「金を払いました、いつでも勝手に破棄できる条件で。」、さらに「世界中どこでも、放浪者ヤンキーは、危険をものともせず享楽し、取り引きするのです」と。そして、それを軽薄な考えだと、嗜めるシャープレスと、「私が本当に結婚する日と、本当の花嫁、、、アメリカの花嫁のために」乾杯をします。愛なのか、気まぐれなのかも分からないという、おそらく本音と思われる心情も吐露します。一生、一緒に暮らそうと思っていた(心の底からそう思っていたかどうかは別として)蝶々さんとは、大違いです。ピンカートンに弁明の余地があるかどうかは、分かりませんが、第1幕での会話の中身を少し整理して頭に入れ、その上で第2幕の悲しい物語をとらえると、少し見え方が違ってくるような気もします。でも、やっぱりバタフライは、蝶々さんの物語ですね。(本文中の訳は、音楽之友社オペラ対訳ライブラリー/戸口幸策氏によるものです)

 

UTAOTO委員会 堀内伊吹)


【2020/02/26】
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